山に入って二日目の夜も野営だった。翌朝、真っ逆さまに転落しそうな
急勾配のけもの道を下った。昼過ぎにタクレクロー川にたどり着く。川沿
いを三時間 ほど歩くと、前方に人影があった。
河原にハンモックを下げて子どもを抱いている男性がいる。洞窟の陰には、
女性と女の子が隠れている。その瞬間、疲労で朦朧としていた頭はたち
まち緊張した。辺りに火を熾した跡がある。鍋や漁網も見える。彼らがその
場で生活しているのは一目瞭然。やっと会えた彼らこそが「国内避難民」
だった。
<山に逃げた一〇〇万人の避難民>
ビルマの首都ラングーンから東へ約四五〇キロメートル、タイ国境に接する
カレン州に入ったのは四月の半ばだった。ビルマ歴では新年にあたり、一年
の中で最も暑い季節で空気も乾ききっている。この時期、ビルマ各地で「水
かけ祭り」が行なわれるのは、前年の埃や垢を洗い流す儀礼の意味のほか、
乾期のまっただ中での「水乞い」の意味もあるようだ。
標高2000メートルを 超えるドナ山脈は、タイとの国境線となるサルウィン河
に平行して、カレン州を南北に走る。その山脈の険しい山の中を「国内避難
民」を求めて、ゴムゾウリばきで移動し続けていた。歩きやすい道はほとんど
ビルマ軍に押さえられている。
ビルマ国内には、タイ側に逃れることのできない「国内避難民」がいる。その
話を初めて聞いたのは二年前の冬。それ時以来、ずっとこの「国内避難民」
の ことが気にかかっていた。
ビルマ軍の迫害により、タイ側に逃れ出たビルマ「国内」難民は、年を追う
ごとに増えて続けている。タイ政府が経済最優先のタクシン政権に変わった
いま、難民の状況がもっと悪くなると噂されている。
ビルマ軍政府との関係を優先するタイ政府は、自国内に逃れてきた約12万
人の難民をなんとか追い返そうとしている。だが、難民の発生国であるビルマ
国内には、なんと100万人以上の「国内避難民」がいるという。そんなところへ、
命からがら逃げ出してきた村人を追い返すことができるのだろうか。
ところが、「国内避難民」に関して出された報告はこれまで、カレン人NGO と
医療活動のために現場入りした欧米の医者の証言以外は聞いたことがない。
やはり、自分の目で確かめたいと思い、太陽が照りつける山に入ったのだ。
行動を共にしたのは、「国内避難民」の救援活動を続けるNGOのスタッフ1名
と護衛のカレン人ゲリラ兵士七名だ。ドナ山脈の比較的低い1500メートルの
鞍部を越え、避難民を求めて歩き続けた。
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