果てのないカレンの武装抵抗

─ ビルマの辺境 ─ 歴史と民族の隙間に生きる人びと
 思い出に浸っている場合ではない。カレンの新年祭に参加した2日後、
約束通りに、次の中継点へ移動する連絡が来た。KNLAの将校ド・ウイ
ン氏は、タイの情報部員の裏をかいて、私を秘密のボート乗り場へと連れ
て行った。午後5時半過ぎ、迎えのボートが来る。カレン兵士22名を乗
せたボートは、タイの国旗を舳先につけ、サルウィン河を北へと進路を取
る。30分もすると太陽が傾き、あたりは急激に暗くなってきた。正面に
明るい星が現れた。しかし、星に見入っている余裕はない。星と月明かり
の光だけで、鉛色をした河の水面を、ボートは右に左に揺れながら疾走す
る。水しぶきがかかる。兵士たちは毛布を前にかぶり、飛沫を除ける。昼
間の暑さが嘘のように急に寒さが襲ってくる。さらに30分ほど経過した。
 隣りに座っていたカレン人のシュラセー(26)が流ちょうな英語で、
「あそこはビルマ兵士のいるところだ。時々撃ってくるんだ」と左側を指
差した。そこは、かつてカレン軍の兵站基地であったティムタだった。私
も以前、何度か立ち寄ったことがある。しかし、こんなところで狙い撃ち
されたら一巻の終わりだ。右岸に目をやり、タイ領へと泳ぎ渡ることがで
きるか、目測する。しかし、そんな緊張感も忘れるくらいに、風の音、水
の音、エンジンの音が心地よく耳に響く。
 星と月のかすかな明るさでも、ボートは右に左に、水面から突き出た岩
を避けて、走り続ける。地形を身体で覚えている舵手の櫂さばきは軽やか
だ。いつの間にか降るような星空になっていた。急に心が穏やかになった。
まばたきをするたびに星が姿を増していく。いつのまにか満天の星である。

 シュラセーは、カレン難民の国内避難民(IDP=Internal Displaced
Persons)の部署で働くカレン人である。兵士ではないから武器は持ってい
ない。彼の持ち物は、小さな布製の肩掛けカバン一つである。そのカバン
の中には、手のひらサイズの常備薬袋、小型ビデオカメラ、Tシャツの予
備、それに薄手のパーカーだけがはいっている。
 タイ側に難民として逃れたカレン人には、外国からの援助は届く。しか
し、ビルマ国内の山の中に逃げ込み、ビルマ軍の迫害をのがれて隠れ住ん
でいる国内避難民には援助の手が行き届かない。その総計は、おそらくタ
イ側にのがれた難民の数倍、数10万人軽く超えていると見られている。
しかし、検証は不可能だ。
 村を襲撃され、山に逃げ込んだ農民がいると言う情報が入ると、彼はそ
の存在を確認するためにビデオカメラを持って、一人で山に入っていくの
だ。護衛のカレン兵士と一緒に動く事はできない。兵士の動きをビルマ軍
に察知されてしまうと、そこにカレン人が隠れていると分かってしまうか
らだ。また、ビルマ軍の警戒線をぬって、知らない土地を行動するため、
地雷原に迷い込んでしまう恐れもある。しかし、彼は、どこかに逃げ込ん
だ村人がいると聞けば、行動を起こす。
「64人の農民が身動き取れずに山の中にいるんだ。どうだ、是非、一緒
行っていみないか」
ビルマ軍と地雷は怖いが、行ってみたい気はする。やはり自分の目で見て
おきたいからだ。しかし、今回は時間的に不可能だ。
「今回は、遠慮しとくよ。ボ・ジョーに会いに行くから」
「そうか、ボ・ジョーに会いに行くのか。じゃあ仕方ないな」
 残念そうな表情をした彼も、ボ・ジョーの名前を聞くと、納得したよう
だった。
 腕時計の針が8時を回った。ドラム缶でいかだを組み、2艘のボートを
横に合わせた水上小屋があらわれた。次の中継地点に着いたのだ。ロウソ
クの灯りの下、次の案内役のディ・ゲ(26)を紹介される。彼もまた英
語が達者である。今回、ボートでの移動が可能だった。そのおかげで、山
歩きを3、4日分短縮することができた。あと、2日弱歩けばいいんだ。