もう一つの顔
軍事独裁国家ビルマ (上)

(3)


< 命がけで資料の受け渡し クーデターは前大統領一族 >

昨年3月半ば、ビルマの首都ラングーンの昼下がり。K・T(35歳)は、
必死で笑顔を保とうとしていた。表情の平静さとは反対に、テーブル下の
足は小刻みに震えている。テーブルもかすかに揺れている。彼の緊張が
伝わってくる。彼との待ち合わせは今回、下町の目抜き通りに面した数
少ないファーストフード店。ビルマに来て数ヵ月目にして初めて入った店
だ。彼と会ったのはこれまで10回 ほど。しかしこれまで、同じ場所で待ち
合わせをしたことはない。

1階のテーブル席を避け、2階に上がった。一階はざわついているが、話
をするのにはそれほど支障はない。ただ、店員が多い1階では、私と彼と
の会話に聞き耳を立てているのではないか。そんな心配があった。それ
よりも、今日の待ち合わせには個室のトイレが必要なのだ。トイレは2階
にしかない。好都合なことに、映画用のスクリーンが設置された2階は、
映画の音声がほどほどの音量で流れている。私たちの話し声は1メートル
も離れると聞こえない。彼との会話は英語。英語を理解するビルマ人は
多いが、映画の音のおかげで、注文を取りにくる店員にも話の内容を悟ら
れないはずだ。

天井の角に設置された、ほとんど役に立っていないスピーカを見て、
彼はつぶやいた。
「隠しカメラかな?」
そんなはずはない。だが彼の心配はいやというほど伝わってくる。もし、
今回の密会が当局に知れると、彼は間違いなく逮捕され、最低でも3年
は拘留されるだろう。今度逮捕されると4度目になるからだ。
「この前は済まなかった。今日はちゃんと持ってきたから」
K・Tは、書類の入っているカバンを、左手で軽く叩くふりをする。
「コーヒーでも飲んで、ちょっと落ち着きましょうか」
ゆっくりと話をしている時間はないのだが、彼の不安を取り除くには、
もう少し待った方がいい。

K・Tから電話があったのは、ちょうど1ヵ月前。
「見せたい物があるから、ちょっと会えないか」
ホテルに伝言が残っていた。彼との待ち合わせはいつもそんな具合。
簡単な一言。会いたいというメッセージだけで、何か伝えたいのだと
察しがつく。

彼はカバンの中から、さりげなく30ページほどのコピーの束を取り出した。
表紙が見えないように、無造作にテーブルの上に置く。これが本当にそう
なのか。ビルマ文字を読むことができない私には、これが政府転覆を謀っ
た者たちへの判決文(死刑/終身刑)の本物のコピーかどうかは分から
ない。しかし、彼がわざわざ危険を冒して、持ってきたからには本物だと
信じるしかない。この数ヶ月、彼の流してくれる情報に嘘はなかったから
だ。

私はさっそく、コピーを手にしてトイレに立った。街中のコピーサービスは
利用できないから、1ページずつカメラ撮影する。トイレの中は蒸し暑い。
たちまち汗がしたたり落ちる。思ったよりもページ数がある。薄暗い中、
手ぶれを気にしながらの撮影となる。ページをめくる手も震えてきた。
たちまち5分が過ぎる。さらに10分近くになってきた。あまり長くトイレに
入っていると、店員に不審がられるかも知れない。撮影を終え、背中に
コピーの束を入れてトイレを出る。

資料を解析するとクーデターを企てたといわれる首謀者たちは、現在の
軍事政権に対する単なる不満分子の一部ではない。実は彼らの義父
(祖父)は、この国の強権的な軍事支配体制を作り上げた、前大統領
(元国軍司令官)故ネウイン氏の娘婿と孫たちであった。

ここ数年、健康状態が芳しくなくなったネウイン氏は事実上、政界から
引退していた。とたんに盤石だった氏の権力基盤は揺らぎはじめる。
氏の一族は、経済的に旨みのある通信業務への参入を企んだが、上手
く いかなかった。近親者は、いままで甘受していたさまざまな特権を喪う
懼れを持ち始める。彼らの間に、不平・不満・不安が出始めていた。

彼らの一部が本当に政府転覆を企てたかどうかは定かでない。だが、
今回の逮捕劇で、かつての独裁者から新しい独裁者(タンシェ上級大将)
に権力が完全に移っ たのは確かだ。

ネウイン氏は1昨年12月、ビルマの新しい社会体制を見ることなく、この
世を去った。91歳だった。ビルマの一つの歴史が終わったのだ。

氏の死去の翌日、もしかしたら何か起こるかも知れない。そう思い、夜明け
前からラングーンの様子を撮影した。驚いたことに、行政府や最高裁判所
の旗は半旗にはなっていなかった。国営放送の朝九時のニュース番組でも、
ネウイン死去の件は何一つふれられなかった。国営新聞で家族の告知と
いう小さな死亡記事が載っただけである。街の様子は、驚くほど何も変わら
ない。

市場も人であふれ、乗り合いバスもいつも通り混んでいる。元大統領の
死去を感じさせる雰囲気は全くない。 そのこと自体がニュースだ。これが
かつて、この国を支配した独裁者に対する最後の反応なのか。

1962年のクーデターを出発点に、個人的な野望(夢)で国家運営を目指し
たネウインだったが、次第に軍そのものは個人の思惑を離れ、一人歩きを
し始めた。軍体制そのものが一つのシステムになり、個人の力を超えて、
強権的に国家を支配し始めたのだ。

ネウイン元大統領死去の翌日。町の様子は前日と
全く変わりなく、路上の喫茶店で人びとはおしゃべりを
楽しんでいた。(2002年12月6日、ラングーンにて)