金 明植 『 帝国の首枷 』
( 『辺境』1 影書房 1996年・10)
二 「日本の貧困」
千葉の貧困
巨大なコンクリートの 森の中を 彷徨って
いる
やましい隣人も 一人の 友もなく
不良の都市の おまえたちは。
高速の 電車の中を 走っている
あてもなく 忙しいだけの おまえたちに残
るものは
命を奪う 貧困だけであり
がらがらに空いた 空虚な おまえの心は
都市をなだめても、都市をなだめても 空虚
だけが つねにつきまとう
空虚な おまえたちは みずからが 呪い
を うけているではないか
「子どもをほったらかしにして 死なせてし
まった」
「子どもを ほったらかしにして 死なせて
しまった」
おまえは いつも自分に そういい聞かせな
がらも
空虚な おまえは おまえ自身の行為を 忘
れているではないか
生後5か月の 大樹ちゃんは
千葉の 貧困の中で 永遠に 永遠に
空腹の痛みで 呻くであろうし
巨大な文明の 都市の中で
不良の現代人 おまえたちは ふたたび 子
どもを 孕むだろうが。
巨大な都市 おまえたちの 故郷には
息のつまるコンクリート 高い壁だけが ま
すます高くなるだけ
新宿も 銀座の あの街でも
土を踏むことのない おまえたちの 故郷は
都市文明が 発展すれば するほど
都市文明が 巨大になれば なるほど
遙か かなたに 消え去り、おぼろげに 消
え去り
親しかった 友はみな どこへ 行ってしま
ったのか
おまえは 実のところ、痛哭のかわりに、た
め息のかわりに
現代人の流行歌を 鼓膜が破れるまで 歌わ
なければならず
ただの一度も 理解はできなかったけれど
も 毎日の テレビとラジオ
そして 野球を観るだけ
千葉の貧困は この地に なお広がるだろう
し
殺された 子どもの泣き声は この地を ゆ
さぶることだろう
千葉の女は おまえたちの母親の 象徴とな
り
家を出、学校を去る あの街の 少年少女た
ちは
またふたたび 大樹ちゃんを 無数に 無数
に 孕むことだろう
千葉の貧困は おまえたちの 全裸死体であ
り
活火山のような 炎が燃え 火柱となって
全土を焼けつくして 新しい祖国人が 誕生
する その日までは
千葉の貧困は おまえたちには 晒された恥
となろう
大樹ちゃんの 腹を空かせた 鳴き声と
大樹ちゃんに 向けられた 監禁の犯行の黒
い手は
巨大な都市 あの コンクリートに閉ざされ
た 壁の 遺産であろう
おまえは ひっきりなしに 真夜中の 静け
さを うち破った
いまや おまえたちに 残されたものは
電灯の下に 倒れたまま 疲れきった 朦朧
とした 精神だけではないか
時刻表の中で 監視される 粉々に砕かれた
肉体だけではないか
千葉の貧困は おまえたちの 遺産ではない
か
巨大な都市の 国籍のない 貧困を うち崩
すまでは
静かな朝を 待つことを 知らねばならず、
閑散とした街を 飾ることを 知らねばなら
ず、
華奢な顔を 整えることを 知らねばなら
ず、
夜中に 腹を空かせた子どもたちの 泣き声
を 聞くことを知らねばならず、
腹を空かせた乳飲児たちの 負った傷を 手
当てすることを 知らねばならず、
巨大な都市の 貧困な おまえたちは、
おまえたちは みな 懐かしい土地に 夜明け
が訪れるまでは、
まるい 太陽の下で 国土の 花の下で
呻きではない 懐かしい土地の 平和を
痛い傷ではない 良き友の 幸福を
呻きではない 喜びの誕生の 知らせを
おまえたちは みな 懐かしい土地に 夜明け
が訪れるまでは、
乳飲児の 笑い声が響く その国で
美しく 美しく 懐かしの土地を 築くまでは、
千葉の貧困は
おまえたち みなの 遺産であることを 知
らねばならない。
凍死の前で
血の司祭