ビルマ 民衆の中で
抵抗する人びと

 彼女の自宅を訪れてみた。外国人が来たというので、高齢による健康上の心配にも かかわらず、わざわざベッドから起き出してくれた。さらに、10分以内の話ならと いう条件なのに、30分以上の時間を割いて話をしてくれた。


「私の90年の人生の中で、よかったと思うことかい。そんな時期はなかったねぇ。  反対に、一番暗く、辛かった時代はいくつもあげることができるよ。最悪の時は、 そうだね、日本の占領期かな。その次に悪いのは、現在だな。いまは、自由がないか らね。書く自由がますますなくなっているのですよ。自由に書いているように書かな ければならない、この現実が辛いんですよね」
 通訳のため、私に同行してくれた友人は、ドー・アマーさんの発言の意図を説明し てくれた。


「ドー・アマーさんといえども、いまは直接的な政府批判はできません。ドー・アマー さんが言いたかったのは、『日本軍を追い出したのは、当時の独立を目指したビルマ 人じゃないですか。当時、勇気を持って人びとは立ち上がった。いま、悪い政府があ ったとしたらそれを倒して正しい政府を作るのが本当のビルマ人の役目ですよ。勇気 を持って行動してください』と普通のビルマの人に語りかけているのです」
 彼女が誕生日に発したメッセージは、外国のラジオ放送を通じて、ビルマ全国に流 されたと伝え聞く。
 ドー・アマーさんとの話を終えて家を出た。すると、男性が一人、すっと近づいて 来た。世間話をしている感じで、耳打ちしてくれた。
「この家は目をつけられてますからね、十分に気をつけてください。私も逮捕された ことがあります。真っ直ぐにホテルに戻ってはだめですよ」


民主化指導者のスーチーさんの肖像を描き続ける
アトリエ丸見えの老画家

老画家のアトリエ。風景画やアウンサンスーチー氏の肖像画に加えて、美の活動家や芸術家の肖像画も描き続けている。

 マンダレーからラングーンに戻って数日後、友人に連れられ、首都郊外の経済的に 貧しい地区を訪れた。そこの一角に、面白い老画家(67歳)が住んでいるというのだ。
 古ぼけた自宅兼アトリエに入ってみてびっくり。なんと壁にはアウンサンスーチー 氏の自画像がいくつも飾っている。しかも、よく見ると、絵だけでなく、写真も掲げ られている。
 「オレはね、活動家じゃないんだ。あくまでも芸術としてスーチーさんの絵を描いて いるだけだよ」


 その老画家はあっけらかんとして言う。改めて見ると、外の通りからアトリエの中 が丸見え。もちろんスーチーさんの肖像画も見えている。どうやら近所の人は、おじ いさん画家の活動を黙認しているようだ。
 ビルマでは、反政府的な言動を見つけたら、当局に報告しなければならない「通報 の義務」がある。なのに、彼のアトリエは手つかずのまま。やはりここにも、スーチー 氏支持(民主化支持)の基盤があるという証拠だと思っていい。

1描き上げたばかりのアウンサンスーチー氏の肖像画に、自筆のサインを入れる。この日、隣国タイに住むビルマ人がこっそりとこの肖像画を買いに来た。

 出国直前、スーチー氏の肖像画を買って帰ろうと思い、老画家の家を再訪した。ア トリエに入ってみると、肖像画が一枚もない。
 「絵はどこにいったかって? 近所の人が持っていったり、知り合いのビルマ人が国 外で売るために持っていったよ。もし、欲しいなら、新しい作品は君のために取り置 きしておくからね」
 想像してみた。出国の際、空港でその絵を見つけられたら、税関の人はどういう反 応をするだろうか。芸術作品として通過させてくれるだろうか。或いは、政治的な作 品として没収されるだろうか。怖いながらも興味がある。
 この一〇年、ビルマ国内では、拳を振り上げて民主化運動に立ち上がる人びとの姿 を見たことはない。だが、人びとの生活の中に入ると、水面下で生き続ける民主化運 動の流れを感じることができる。