「−戦争は国と国とのたたかいであって、個人と個人のにくみあいではないはずだ・・・」(P23)
「戦争の写真より、人間の内面にふみこんだ写真を撮りたいと思い始めました。多くの視野悲しみを撮り続け、みずからもその犠牲になったユージンは、戦いではなく人間を撮りたいと思うようになった」(P30)
『撮影するテーマについて理解していなければ、よい写真など撮ることができない』(P36)
『自分がよしと思うあつかいかたでないかぎり、絶対に掲載を許すわけにはいかない』
『悲惨な状況におかれながらも、なお人間としてのかがやきをうしなわない人たちの表情』
(P38)
「シュバイツァー博士は『アフリカの聖人』などではなく、自分の理想とすることをできるかぎり実現しようとしている、ひとりふつうの人間だった」(P41)
「人間はけっして人間性をうしなうことはない・・・・・・。そんな視点からピッツバーグという町と、そこに生きる人たちを表現するためには、どのようなフォト・エッセイをつくりあげるべきなのか・・・・」(P44)
「人間はだれでもなんらかの偏見におちいることをまぬがれえない。すべての人間が自分の中に偏見をかかえて生きている。ぼく自身も偏見にとらえられながら人生を送り、写真を撮ってきた。でもせめて、人間は自分たちの偏見を正し、真実に近づこうと努力しなければならない・・・・・・」(P75)
「水俣には、・・・・・そしてきびしい状況のなかでも、希望をうしなわず、たくましく生きているひとたちがいる。・・・・・ぼくが追い続けてきたテーマのすべてがある」(P81)
「怒りが、ユージンの原動力となっていました」(P92)
「そこには、ユージンがずっともとめてややまなかった、きびしい状況のなかにありながら、美しくかがやく人間の姿がありました」(P96)
「・・・・・・私は写真を信じている。もし充分に熟成されていれば、写真はときにものを言う・・・」(P100)
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